戦時中に作られたという川底を貫く安治川隧道と、閉鎖された自動車通行用の設備に大興奮!

数日空いてしまいましたが、9/30に書きました天保山渡船の話の続きです。その後さらにディープなところがあるというので連れて行ってもらうことにしました。そんなものがあると聞かされた時には驚きのあまり鳥肌が立ちましたよ。

天保山渡船が横切るのは安治川という川の河口です。そこから安治川をどんどん上流へ遡っていきます。途中、阪神なんば線が安治川をまたぐように鉄橋の上を走ります。駅で言うと、九条駅から西九条駅の間なのですが、その鉄橋のたもとに教えてもらったディープなスポットがあります。

ユニバーサルスタジオジャパンのある此花区の方側からその鉄橋へ近づいていき、西九条駅から川寄りにある駐車場へ車を止めて、安治川の堤防へと近づきました。西九条駅からJR線の高架をくぐって片側2車線の道路が安治川に突き当たるように通っていますが、その突き当たりのところには、こんな建物が建っています。

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特に珍しくもなさそうな古いビルにしか見えませんが、ここが知らない人にはちょっと驚きのスポット。なんと、この建物の下から向こう岸まで、川底にトンネルがあるのです。その名も安治川隧道(安治川トンネル)。

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さっきの写真の建物の右端の方、こんな風に地下へと繋がる階段の入り口があります。一応、24時間いつでも通れるようになっているそうです。

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そして、その左側にはこんなドアも。なんだかエレベーターのドアみたいですね。

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はい、その通りエレベーターなんですよ。歩行者と自転車のみ、このエレベーターで地下およそ14mのところまでに降りて、トンネルを通って向こう岸へ行くことができるのです。

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ちなみにこのエレベーターは現在のところ6時から24時まで運行していて、休止中の深夜時間帯は階段利用のみとなり、すなわち自転車での通行はできなくなります。先の階段入り口の写真に「自転車利用は非常に危険ですので…」という注意書きがあったのは、つまり深夜に階段を自転車で強行突破しようとしたツワモノがいたということですね。まあ確かに、ここが通れないと対岸へ渡るにはかなり遠回りが必要らしいので気持ちはわかりますが、実際に階段を歩くと、思った以上に狭く急でかなり深くまで降りなければならず、非常に危険だということはわかります。

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さて、エレベーターですが、こういう施設によくある、ゴンドラの両面が扉になっていて降りる時は反対側の扉が開くタイプ。マニア向けにお伝えしますとOTIS製で積載3800kgの定員58名。操作は基本的に乗った人がやりますが、朝夕の混雑時などは係員のおじさんが同乗して操作してくれます。

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エレベーターを降りますとこんな感じのトンネル。なにこれ狭い細いちょっと怖い。

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トンネルの幅はおよそ2.4mだそうで、自転車を押して歩く人同士がすれ違うのがギリギリといった感じですね。途中には警備員さんがいて安全確保のお手伝いをしてくれますし、照明もまあまあ明るいので、第一印象ほど怖さも感じずに歩くことはできそうですね。向こう岸まで長さは約80mほどです。

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向こう岸(九条側)に着いて、同じようにエレベーターに乗ると、同じような建物の1階から地上に出られます。裏手に回って対岸を見るとさっきの建物の裏側が見えました。あの狭いトンネルを歩いて、この川を渡ったんだなあと妙な感慨にふけりました。

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元々はこのトンネルのあった場所も、源平渡しという渡船があった場所なのだそうです。諸説あるようですが、増加する交通量に対応させるため、当初は橋を架ける計画でしたが、川を上流から下流へと運行する船の妨げにならないような高さの橋を架ける技術が当時なかったからという理由もあり、トンネルへと計画が変更されたということです。

それが昭和19年開通だって言うんですから本当に驚きです。そんな時代に、あらかじめ地上でトンネルを作って後から川底に沈めて作るという、日本初の沈埋工法で作られたというのにまた驚き。

でもそれだけならまだ鳥肌が立ちません。実はもっと驚いたことがあるのです。最初の建物の写真をもう一度ご覧いただいてよろしいでしょうか。

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右端の方の階段とエレベーターについては説明しましたが、写真中央部にある建物の左側の大きなシャッターみたいなもの、何だと思いますか?

えー実はこれ、さっきの歩行者用トンネルに並行して対岸まで繋がっている、自動車用トンネルの入り口跡!現在は閉鎖されていますが、昭和52年2月までは自動車も通行出来たんだそうです。

ここでピンときた方もいらっしゃると思いますが、その自動車用トンネルを通行するためには、自動車用のエレベーターに乗って地下に降りていったのだそうです!!!

そう言われたらあの塞がれた入り口の柱にあるプレートって、エレベーターの上下表示?ですよね!ですよねー!!(めっさ興奮)

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ああ、たぶん下の方にあるこのボタンを押したらゴンドラが上がってきてたんだー!

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九条側の方の自動車用エレベーター跡には、もう全く読み取れないのですが、断片から想像するに、エレベーター利用者の心得的なものが書かれてあったっぽい看板が設置されたまま。近代の建築遺構っぽさが溢れてて充血しそうです。こんなすごいものが戦時中である昭和19年に完成し供用されていたなんて。

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ちなみに、この自動車用トンネルが閉鎖されたのは、下流に安治川大橋が開通して通行量が減ったこと、周辺の交通量が増え、エレベーター待ちの渋滞や排気ガスが問題になってきたことなどの要因があったそうで、一旦休止して一般的なトンネルのように出入り口をスロープ化する工事も計画されたらしいのですが、周辺住民の反対もあり、そのまま閉鎖になってしまったようです。ちょっと惜しいような気もしますが、時代の流れで仕方ないことですよね。

でも、ということは、車の通行はできないけれども、それだけの空間がすっぽり川底に眠っていると言うことなんですよね。なんかSFの世界みたいじゃないですか!見学ツアーとかあったら参加したいですよ。そしてそんな珍しい空間、怪しげなバーとかライブハウスとかに利用できないもんかなぁ。

そして、実際に自動車が通っていた頃の様子ってどんな感じだったんだろうと気になってググりましたら、建設コンサルタンツ協会さんのサイトに掲載されていましたので、似たようなマニアの方は一緒に興奮して枕を鼻血で濡らしましょう。

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